私が人生で初めての"担降り"を決意するまでの道のり

記事のタイトルにあるように私は5月9日に
人生で初めて"担降り"というものをした。

少なくとも5年前の私は、こんなブログを書くことになるとは1ミリも思っていなかっただろう。
誰なのかは話を追って説明することにしよう。

(以下、
Hey! Say! JUMP=JUMP、
ジャニーズWEST=WEST 表記をすることにする。)


私がジャニオタというものに足を踏み入れたのは
詳しくは覚えていないが、小学4年生(2009年)の頃だったと思う。
左目探偵EYE」ここからはキラキラしている彼に見入っている自分の記憶がある。

そこから中学2年生までは
ファンクラブに入るという考えがなく、
且つコンサートは行かなくてもDVDだけで満足しており、いわゆる"お茶の間ファン"だった。


ところが、スマートフォンという最先端の賜物を手にしてしまった私は考えが変わってしまう。
なんとJUMPのファンクラブに入ってしまったのだ。
そこから私の真のジャニオタ生活が始まる。


そして初遠征はすぐにやってくる。
それは東京ドーム公演"Live With Me"だ。(2014年5月11日)
受験生なのに遠征?という声が飛んできそうだが、それは心配ない。実質的には受験生ではなかったから。

第2希望での当選だったが、
"当選"という言葉を聞いた時は泣いて喜んだ。

この第2希望での当選は、後に自分の名義の強さを生むことになった(と自分で思い込んでいる)

こんな状態になってしまった今でも
初めて入ったコンサートがこの公演でよかったと思う。


こんなことを言っているが、
実はひっそり2013年の秋に
桐山照史くんに一目惚れをしていたのである。

これは親も未だに知らない事実である。

真夜中のパン屋さん」の弘基を演じている彼は
誰よりも輝いており、いつの間にか惹かれていた。


彼のことを少しずつ調べ始めていた私は、
その年のカウントダウンコンサートで衝撃を受ける。
"デビュー"と言われても
ジャニ勉でたまに見るくらいだったし、
その当時の私には関ジュと関ジャニの違いが分からなかった程だ。

そんな私には4人だの7人だの騒がれていたが、よく理解できなかった。

だが、そんな私でもその数日後の
"7人でのデビュー"の文字は何故か嬉しかった。
そしてメンバーのことも詳しく調べ始めるようになった。

そして、どんどん彼らの魅力に気づいた私は
デビューシングル「ええじゃないか」を全形態(4枚)買い、その時に特典として付いていたコードで何気なくリリースイベントを申し込んでいたのだ。


今思えばここが人生のターニングポイントだったと思う。


申し込んでいたことを忘れていた私は
当選メールが来てびっくりした。
だが、初めから行かないという選択肢はなかった。

その日のうちに、なんとか親に許しを得て初めて1人で大阪に行くことを決意した。


イベントは言葉に表せないくらい楽しくて、
数週間は生きた心地がしなかった。
私にとっては、そのくらい格別な出来事だったのだ。

イベントの2週間後がJUMPの大阪公演(2014年8月2日)だったのだが、
良席だったにも関わらず私はコンサート中に2週間前のイベントの事を思い出しボーッとしていたのだ。

決して楽しくなかった訳ではない、
イベントが楽し過ぎたのだ。


それからもJUMPのコンサートは欠かさず行っていたが、
WESTのコンサートに行ける機会がなかなか無く、ライブDVDを見て予習する毎日だった。

私の彼ら(WEST)を応援していく熱量は増えていくばかりだった。

高校生にもなり、バイトを始めたものの
親にも"どちらかのグループにしたら?"と言われるようになり、
それから特に掛け持ちをしている自分が悩みの種になっていた。

だが、私はこの頃はやけにポジティブであり、
以下のことを自分に言い聞かせるようになった。


"Hey! Say! JUMPのコンサートはライブ
ジャニーズWESTのコンサートはお笑いイベント"


今でもたまに思うのだが、この2グループのコンサートは特に対極に位置しているのである。

まず、言ってしまえば一度のコンサートで幸せにするファンの数が違うのだ。

これは個人的な意見だが

Hey! Say! JUMPはファンとのイベントではなく、(生での)パフォーマンス披露の場なのだ。

それに対してジャニーズWESTはパフォーマンスよりファンとの交流に重きを置いている。


私は単純な人間なので、本人と距離が近く、
一緒に楽しめるコンサートを求めていたのであろう。


ところで、気づいた人もいるだろうが、
私は根からのイケメン好きで
世間からイケメンのイメージが無い照史くんを
担当として名乗ることが出来ず、
当分の間WESTは"箱推し"という形でやっていた。


そんな私が藤井担になったのはなんとなくだった。

コンサート初参戦がやっとのことで決まり、
仲の良いフォロワーさんと遊んでる時、

"誰担にしようかな~"と軽く言った私に
"流星さんなんかどう?しげちゃんならファンサ貰えんよ(笑)"
って薦めてくれたのがきっかけだったりする。


申し込まなかったり、全滅してしまったりで
やっと迎えた、私にとって初めての彼らのコンサート(2016年1月17日)

やはり彼らは違った。彼らは隅から隅までファンを幸せにするのだ。 


だが、ここでまた転機がやってくる。

なんと笑顔で踊っている大橋くんに惹かれてしまったんのだ。

あんなに笑顔で楽しそうに踊っている人は見たことない。
私は驚きと尊敬の気持ちでいっぱいだった。

関西ジャニーズJr.に興味を持ち、彼ら単独での舞台を見にいきたい!松竹座に行きたい!
と思うようになったのはそれからだった。


そこからまた私は一生抜け出せないであろう沼へと引きずり込まれていく。


あれ?小島は?という声が聞こえてくるので
喜んで説明をすることにしよう。

フォロワーさんには飽きるほど言っているが

2015年の"少クラin大阪"のジュニアにQというコーナーで小島健くんに一目惚れした。

実はその当時好きだった先輩そっくりで、
見た瞬間ビビッときた。

私はお得意のTwitter画像検索を始めた。
だけど、その時見た彼は全然テレビの彼とは違って、全くかっこよくなかった。

すぐに検索をやめ、見て見ぬふりをした。

"案外はじまりはこんなものかもしれない"
と今なら笑って言える。

そう、今、私は彼には言葉で表し切れないほどの幸せを貰っているから。



さて、本題に戻すが
今までJUMPメインのアカウントしか持っていなかった私は、
とうとう彼らの画像をアイコンにしていることに違和感を感じるようになった。

ここで私はついに1回目の担降りを決意してしまう。(2016年1月29日)

この時はただ単に掛け持ちというものが精神的にも金銭的にも厳しいということからだった。

ただし、この"担降り"に隠された意味は
"山田涼介"ではなく"Hey! Say! JUMP"というグループにだった。

この時からグループに"沸く"という感情はほとんどと言っていい程なくなってしまった。

担降りすると一度は口に出していても、
リア友には"山田涼介が一番好き!これからも宇宙一好きな存在!"と言い放っていた程だ。


1回目の担降り宣言から
1年半が経ち、結局掛け持ちをしていた私は
ついに担降りを決意した。

これからは嫌われる覚悟で書くので
もし不快だと思ったら読むのをすぐにやめて欲しい。 

私が最終的に
JUMPを、山田涼介を降りようと思った理由は大きく分けて3つある。

まず、JUMPのファンというだけで周りの目が、世間の目が痛いのだ。

年齢を重ねていくごとに出す新曲が可愛らしく、
子供っぽくなっていることに不満を持っていたが、
"君がナンバーワン♡"と言ったり、
薄紫のふわふわ衣装を着て音楽番組に出た時には

"この人達のファンだ"
と口に出すことが恥ずかしくなってしまった。


そして、
うちの学校は6学年が共に生活をしているのだが

昨年、先生から
"中1でもJUMP流行ってるよ"と言われ、私は衝撃を受けた。
中学1年生、つまり4学年も下の子たちと同じレベルなのだ。
言い方が悪いのは分かっているが相当ショックだった。
同じにされたくないという思いが強まってしまった。
JUMPのファンはいつまでも中学生層が多く、
どうしても歳を重ねるごとに居づらくなってしまうのだ。


極めつけには、
彼の発する言葉全てに不信感を持つようになってしまったのだ。

彼はアイドルだ。
アイドルとは"世の女性達に夢と希望を与えるもの"

なのに…

彼は平気で"外見が好きじゃないと中身を知ろうと思わない"などと公共の場で何度も口に出すのだ。

変わってしまったな…
私は毎日のように"担降りしようかな"という単語を口に出すようになってしまった。

そしていつの間にか全く興味を示さず、
昔なら欠かさず見ていた彼の出ている番組、
主演ドラマですら見ないことが多くあった。


そこで私はようやく気づいたのだ。

私が好きなのは2017年現在の山田涼介では無い。
大好きだった時代の、キラキラしている彼に縋っているだけなのだ

と。

彼が変わったのではない。
私の時が止まっていただけだったのだ。

長々しく語ったが、
このようになったのは私の問題が主であり、決して彼を否定する訳ではない。

彼にはこれからも頑張って欲しい。
そして、いつかは誰もが認める真のトップアイドルになって欲しいと思っている。

最後に…
8年以上もの間、こんなに夢中になったものは無かったし、私のオタク生活の原点であり、かけがえのない人ができたのも彼のおかげなので
"山田涼介"という素敵な人を好きになれたことに感謝しかない。たくさんの幸せをありがとう。